2026.06.03 お役立ち情報, 不動産マル秘テク, 住まいの情報
監修:株式会社nodomaru 代表取締役 森田健宏 宅地建物取引士
宅地建物取引業 東京都知事(02)第104535号 / 全日本不動産協会 所属
「普通借家と定期借家、結局どっちを選べばいいのか?」
事業用テナントの契約形態は、この二択で迷う方が多い領域です。一般論を読んでも「普通借家のほうが借主に有利」「定期借家は更新できないから危険」といった抽象的な解説に終始しがちで、自社の状況にどう当てはまるかは、いまひとつ見えてこない。
本記事では、中央区を中心に都内全域で事業用契約に立ち会ってきた現場の目線から、実際に見てきた4つの事例を通じて、契約形態の選び方をお伝えします。痛い思いをしたケース、上手く逆手にとったケース、両方を正直に並べています。
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実例に入る前に、最低限の前提だけ表で整理します。詳しい法的解説より、現場感覚で「何が違うか」を一覧化したものです。
| 項目 | 普通借家 | 定期借家 |
|---|---|---|
| 更新の有無 | 原則更新あり(借主に強い) | 期間満了で終了(再契約は別契約) |
| 貸主からの解約 | 正当事由が必要(実質困難) | 期間満了で確実に終了できる |
| 賃料改定 | 2年ごとの更新時に交渉余地 (都内の実態として徐々に上昇) | 契約期間中は据置が原則 |
| 契約期間 | 2年が標準 | 2〜10年と幅広い |
| 初期コスト | 礼金・更新料あり | 再契約時の費用は契約次第 |
| 事業の安定性 | 長期保証されやすい | 期間明示で計画立てやすい/満了リスクあり |
これだけ見ると「普通借家のほうが借主有利」に見えます。実際、書籍やWebの解説もほぼその論調です。
しかし現場で見ていると、その「定石」が必ずしも答えではないケースがあります。具体的に4つの実例で見ていきましょう。
入居時、貸主側から「2年経ったら再契約のご相談をしましょう」という言葉があり、借主としては「業績次第で柔軟に再契約してもらえる」と前向きに受け取っていました。
実際、ジムの集客は順調。会員数も増え、ようやくエリアに認知が広がってきた、というタイミングで2年が経過。再契約の協議に入った段階で、貸主側から提示されたのは「再契約はできません」という回答でした。
理由は貸主側の事情。明確な拒否理由を示すことなく、ただ「契約満了をもって明け渡してください」となる――これが定期借家の構造です。
業績が伸びていた最中での強制移転。エリア内で代替物件を急ぎで探し、新店舗をオープン。しかし、移転による集客動線の変化で会員の一部が離脱し、事業継続に明確な穴が空いてしまいました。
定期借家における「再契約は相談で」という言い回しは、借主にとって最も注意が必要な表現です。法的に何の拘束力もなく、満了時に貸主が「再契約しない」と判断すれば、それまでです。
業績が伸びる前提で初期投資を回収していくビジネスモデル(パーソナルジム・サロン・飲食など)で、定期借家の「曖昧な再契約条件」を信じて入居するのは、事業計画の根幹を貸主の意向に委ねることになる――この事例が示すのは、そういう構造です。
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普通借家を選んだ最大の理由は「更新できるという安心感」。長く腰を据えて店を続けたい飲食オーナーにとって、貸主から一方的に追い出されない普通借家は理にかなった選択でした。
しかし2年が経過し、初回の更新タイミングを迎えた時、現実的な負担が見えてきます。
2年ごとに、このコストの山が定期的に襲ってきます。賃料そのものも徐々に上がってしまい、5年経過時点で振り返ると、当初想定より明らかにトータルコストが膨らんでいました。
店舗営業は順調で、「追い出される心配がない」という心理的安心感は確かに普通借家が提供してくれている。それは間違いない事実です。ただし、その安心感の対価として、2年ごとに重なる更新コストと、ジワジワ上がる賃料を負担し続けている――これが現在も継続中のリアルです。
普通借家の本当の費用は、初期費用や月額賃料だけ見ても分かりません。2年×3〜4回(6〜8年運営)でかかるコスト総額で見ないと、定借との比較ができない構造になっています。
「普通借家だから安心」というのは、事業継続の安定性についてはその通り。ただし「コストの観点で最善か」は別問題です。
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募集に出ていた段階では「定期借家5年」が条件でした。借主側はこの物件をかなり気に入っており、長く使い続けたいという意向が明確でした。
そこで交渉に入ったのが「定期借家のまま、期間を10年に伸ばす」という条件です。貸主にとっては期間満了時に確実に再契約交渉のテーブルにつけるメリットがあり、借主にとっては10年という長期の事業計画が立てられる。両者の利害が一致し、定借10年で契約が成立しました。
2025〜2026年の都心オフィス賃料は、中央区を中心に26ヶ月連続の上昇局面に入っています。普通借家であれば、更新ごとに賃上げ交渉に晒される展開だったところを、定借10年の期間中は賃料据置。10年後の再契約リスクはありますが、それまでの期間は賃上げの波を回避できている状況です。
借主はこの間、賃料が固定されている安心感の中で事業計画を立て、悠々自適に事業を回している――そういう状態が現在も続いています。
定期借家の「期間が確定する」という性質は、賃上げ局面では借主にとって極めて大きなメリットになります。特に5〜10年というスパンで事業を見据える事業者にとって、定借の長期化交渉は、検討すべき条件です。
「定借=危険」という一般論の盲点は、ここにあります。賃上げ局面において、定借の期間固定はむしろ守りの武器になる。この発想を持てるかどうかで、契約形態の選択肢が変わります。
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入居前から、貸主側は明確に「3年後にマンションの取り壊しが決まっている。再契約は絶対にできない」と借主に伝えていました。事業として中長期で続けることはできない物件です。
通常なら避けたい条件ですが、借主の事情と噛み合いました。「数年細々と運営したあと、別の事業にステップする」というキャリアプランを描いていた借主にとって、満3年で確実に終わる契約は、むしろ計画的に動ける枠組みでした。
そして、ビル取り壊しが前提という条件を逆手に取って、賃料の値引き交渉が成立。通常相場より明確に安い家賃で、3年間の運営が可能になりました。
3年間、想定通りの低家賃で運営。常連客にも恵まれ、最終的にはお客さんに惜しまれながらも3年で店舗をたたみ、計画通り次の事業に移行。心残りはあったものの、無事に次のステップに進めた――そういう着地でした。
定期借家の「終了が確定する」という性質は、事業期間が明確に区切れている事業者にとっては、むしろ歓迎すべき条件になり得ます。
そして、貸主側に「期間満了後の活用予定」が明確に存在する場合、その不利益分を賃料減額で取り返す交渉が現実的に成り立つことがあります。「定借=避けるべき」ではなく、「定借だからこそ取れる条件」が存在する。この発想を持てるかが、契約形態を戦略的に使う第一歩です。
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ここまでの4実例を一覧化すると、契約形態の選び方が「画一的な正解はない」ことが見えてきます。
| 実例 | 契約形態 | 結果 | カギになった要因 |
|---|---|---|---|
| ① パーソナルジム | 定借2年 | 強制移転で集客打撃 | 「再契約相談」の曖昧な条件を信じすぎた |
| ② 飲食店舗 | 普通借家2年 | 更新コスト+徐々に賃上げ | 「普通借家=安心」と長期コストを区別できていなかった |
| ③ オフィス | 定借10年(5年から延長交渉) | 賃上げ局面を回避した安定経営 | 長期定借の「期間固定」メリットを戦略的に活用 |
| ④ ネイルサロン | 定借3年 | 低賃料で短期事業を成立 | 「3年で終わり」を前提に賃料交渉を成立 |
4つの事例を並べると、契約形態の選び方は次の3つの軸で整理できます。
長期で安定運営したいのか、数年で区切りをつける予定があるのか。これによって普通借家・定借どちらが向くかが大きく変わります。
実例①で痛い目にあった「再契約は相談で」という曖昧な条件は、事業の根幹を不確実性に晒します。
実例②が示すように、普通借家の本当のコストは「初期費用+月額賃料」だけでは見えません。
事業用テナントの契約形態は、「普通借家のほうが借主有利」という一般論で済ませてはいけない領域です。それは法的構造としては正しい。けれど、賃上げ局面に入った2025〜2026年の都心マーケットでは、その定石が逆方向に作用するケースが出てきました。
私たちが現場で見ていて思うのは、契約形態は「自社の事業フェーズ・期間軸・賃上げ局面の見立て」で動的に選ぶものであって、固定的な正解はないということです。
そして、契約条件は口頭の感触ではなく、必ず文書で詰める。実例①の「再契約相談」のような曖昧表現を信じた結果、事業に穴が空くケースは、本来防げるものです。
不動産屋として何より重要なのは、借主側の事業計画に寄り添って、契約形態の選択肢を一緒に整理すること。「普通借家にしておきましょう」と思考停止で勧めるのは、プロの姿勢ではありません。
事業用テナントの契約・お金まわりについては、関連記事をご用意しています。
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